SINIC理論への共感の輪の広がり(前編)

SINIC理論の自主的研究グループ「SINICクエスト」 による、オムロン創業者・立石一真創業記念館訪問記

未来の不確かさから、未来予測理論「SINIC理論」の活用が、ここへきて少しずつ実践的な活動へと広がりを見せ始めています。SINIC.media では、そんな各地で起こるSINIC理論活用の現場をレポートしていきます。

今回は、静岡県を中心に活動をする、SINIC理論の自主的な研究グループ「SINICクエスト」メンバーが、立石一真創業記念館へ訪問した際の様子をお届けします。それでは、同グループのSINIC理論との出合いやその活用方法について見ていきましょう。

SINIC理論の自主的研究グループ「SINICクエスト」とは?

「SINICクエストとは、まさにその名の通り“SINIC理論をクエスト(探求)”するための集まりです」 そう語るこのグループを立ち上げた人物こそ、老舗宝飾時計店「タカラ堂」に勤める傍ら、古民家リノベーションスペースの運営を手掛ける戸塚 礼雄さん。
戸塚さんは、人の根源的なエネルギーである「動機」に関心を抱き、時には年間250日以上を多様な立場の方との対話に費やしていたそうです。現在は、余暇に行っていたそうした対話やワークショップの拠点として、リノベ古民家「ゆとりてら やいづ」を自主運営し、0円でレンタルも行っているという。

そんな戸塚さんがSINIC理論に出合ったきっかけは何だったのでしょうか。

「3.11(東日本大震災)を機に、本気で世の中と自分の関わりを考えるようになりました。自他共に“より善く”生きるため手探りをしている中で、解像度の高い未来予測に基づいたビジョンが必要だと強く感じるようになりました。
その最中、Facebookグループ『世界が変わる研究所』が提唱するビジョン“B→G(ビジネスからギブネスへ)”に惹かれ、その骨子になっていたSINIC理論と出合います。50年もの前の1970年から価値観の変化を予見し、『2025年は物から心の時代になる』と言い切っているSINIC理論に、底知れぬものを感じて『ふるえ』ました(笑)」と、戸塚さんは当時のSINICとの衝撃的な出合いについて振り返ります。

SINICとの出合いを果たした戸塚さんは、さらに追求すべくSINIC理論の原典を探し回りました。しかし、いくら関連書籍やネット上を探しても見つからなかったとのこと。地道な調査の結果、ついに原文が掲載されている技術報が国立国会図書館に所蔵されていることを発見。(現在は、原文と和訳のSINIC.mediaのこちらに掲載しています)
ところが、原文は英文。文章のクセが強く、数式も並んでいました。一人では骨が折れることも、興味がある人と一緒に読み解けたら学びを分かち合いながら労力も分散できると思い、翻訳・解読・研究する仲間を募りました。
これが「SINICクエスト」の始まりで、2019年11月のことでした。毎月2,3時間のグループ活動で何度も読み合わせを重ね、1年後には翻訳を完了することに。

「SINICクエスト」、創業記念館訪問。オムロンの原点へ

戸塚さんは、株式会社ヒューマンルネッサンス研究所(以下、HRI)主催のSINIC理論に関するウェビナーで立石一真創業記念館の存在を知ることとなりました。SINICの本質を知るうえで、提唱者本人のことを深く知る必要性を感じ、今回の訪問につながったようです。

同記念館は、オムロン創業者である立石一真の誕生(1900年9月20日)からの生い立ちが年表に沿って追え、その時代に彼のどんな想いや経験をもとに新しいものを生み出してきたか、その軌跡を知ることができます。

後編へつづく