OMRON Human Renaissance vol.3
「SINIC理論から、2020年代の社会をつかむ」(3)

「SINIC理論」から未来を読み解く
これからの科学・技術・社会は、どのように進歩・発展していくのか
私たち人間は、どのような未来を目指して、どう生き抜いていくのか

2021.3.24 (水)19:00 – 20:40

OMRON Human Renaissance vol.1では「2020年代を、私たちはどう生きるか」と題したウェビナーを開催し、その後2回に渡って実施したワークショップOMRON Human Renaissance vol.2では、参加者と問題意識を共有し、未来社会イメージの言語化にトライしてきた。そして今回のイベントでは「SINIC理論」そのものの深堀りに加えて、未来予測理論による社会変化の捉え方、未来創造のあり方を探るプレゼンテーションとディスカッションが行われた。

第2部:クロストーク
「SINIC理論から、2020年代の社会をつかむ』

ゲスト
・市原 えつこ:メディアアーティスト
・江渡 浩一郎:産業技術総合研究所主任研究員/慶應義塾大学SFC 特別招聘教授/メディアアーティスト

モデレーター
・金岡 大輝:FabCafe Tokyo CTO
・栁原 一也:Loftwork, FabCafe MTRLディレクター

オーガナイザー
・田口 智博:株式会社ヒューマンルネッサンス研究所, 主任研究員
・中間 真一:株式会社ヒューマンルネッサンス研究所, 代表取締役社長

■未来を読み、未来を作る

金岡:未来の作り手になるには、未来の読み手にならないといけないと話をされていたじゃないですか。やはり読み解かないと、創るステージには行けないということですか。

江渡:それは間違いないですね。スティーブ・ジョブズが2007年にiPhoneを作り、世界線が書き換えられました。なぜ、ジョブズには未来が見えていたのか。『ホール・アース・カタログ』の影響ではないかと思うのです。

市原:伝説的な未来予測カタログですね。

江渡:70年代にカウンターカルチャーの人たちが好んで読んでいた雑誌です。冒頭部分にバックミンスター・フラーの話があり、地球の読み解き方が書かれている。そこにジョブズは強い影響を受けたのではないかと思います。

中間:実は我々ヒューマン・ルネッサンス研究所の野望は、ホール・アース・カタログの第二版を創ることなんです。

市原:自然社会をオムロンさんは、どのように見立てているのでしょうか。

田口:今後の自律社会や自然社会では何を拠りどころにするのか。そこはアートではないかと考えています。また、江渡さんがおっしゃった日常的な未来予測の必要性を強く感じます。

金岡:立石さんに並ぶ未来予想家として、レイ・カーツワイルのほかにニコラス・ネグロポンティ、ジェレミー・リフキン、ケビン・ケリーが思い浮かびますというコメントが来ています。

江渡:そこにビル・ジョイを付け加えたいですね。2004年のシンギュラリティといえばレイ・カーツワイルですが、ビル・ジョイは既に2000年に「未来は我々を必要としていない」という論文を書いていますから。

市原:ディストピア、絶望的に思える未来を見たとしても、そこに何かしらポジティブな意味付けをしていく姿勢が大切ですね。

中間:シンギュラリティの提唱者レイ・カーツワイルのキーワードはエクスポネンシャル、指数関数的な飛躍じゃないですか。これってあくまでもリニアな人間には辛い概念ですよね。だからSINIC理論はスパイラル、円環なんです。その背景には禅の考え方がかなり影響していると思います。

金岡:スパイラルという構造自体に、輪廻転生っぽくて東洋的に感じます。

■SINIC理論との付き合い方

金岡:今後私たちはSINIC理論とどう付き合っていけばよいでしょうか。

市原:私は今年になってSINIC理論を知りましたが、本当に教典だと思います。未来予想にエビデンスを求めるのは難しいじゃないですか。私も未来についての妄想はいくらでも浮かびますが、それを形にするためにはいろいろな人を説得しなければならない。そこで自分の直観だけではどうにもならないときに、SINIC理論を使えるんじゃないかと思います。なかでも「社会・技術・科学の相互作用をドリブンするには、人間の進歩指向的意欲(欲求)が重要」とある。ここですね。

江渡:中間さんと同じく、禅は重要な論点だと思います。スティーブ・ジョブズの師匠に当たる人物も、禅に関わっていました。禅の本質には、主体と客体の分離を解脱する思想があります。カルチュラル・スタディーズ理論の提唱者スコット・ラッシュは、現代社会を悪くしている理由として、主体と客体の分離、原因と結果の分離、時間と空間の分離の3つをあげています。これら3つはすべて、本来分離できないものです。ところが西洋においては徹底的に分離し、その結果西洋哲学や近代の西洋科学が生まれた。けれども本来分離できないものを分離したため現代社会は悪くなっていると、彼は指摘している。禅の思想に近い考え方です。自分とは、自分を取り巻く環境と分離できないもの、一体として捉える必要がある。これこそが今後のハイパー原始社会、つまり自然社会に通じる考え方だと思います。

田口:我々オムロンの人間はどうしても、最適化社会の次に来る自律社会をまず考えるのですが、皆さんの関心は常にその先の自然社会に向かうようです。我々もスタンスを改める必要があると感じています。その際に専門領域で考えると未来は当たるけれども、他の領域が絡んでくると未来予測は当たらないと投げ出しがちです。だからこそ多彩な方々とお会いして共に未来を読み解く必要性を強く感じました。

中間:SINIC理論をつくった立石一真は、企業哲学についても一つステートメントをつくっています。それが「機械にできる事は機械に任せ、人間はより創造的な分野での活動を楽しむべきである」で、創造的な活動すなわち未来予測です。未来創造とは、共感を持てる人と共にムーブメントを起こしていくことだと思っています。そのために我々もSINIC理論をオープンソース化して、このようなやり取りの場をどんどん作っていきたいと思っています。今後とも、どうぞよろしくお願いします。