OMRON Human Renaissance vol.3
「SINIC理論から、2020年代の社会をつかむ」(2)

「SINIC理論」から未来を読み解く
これからの科学・技術・社会は、どのように進歩・発展していくのか
私たち人間は、どのような未来を目指して、どう生き抜いていくのか

2021.3.24 (水)19:00 – 20:40

OMRON Human Renaissance vol.1では「2020年代を、私たちはどう生きるか」と題したウェビナーを開催し、その後2回に渡って実施したワークショップOMRON Human Renaissance vol.2では、参加者と問題意識を共有し、未来社会イメージの言語化にトライしてきた。そして今回のイベントでは「SINIC理論」そのものの深堀りに加えて、未来予測理論による社会変化の捉え方、未来創造のあり方を探るプレゼンテーションとディスカッションが行われた。

第2部:クロストーク
「SINIC理論から、2020年代の社会をつかむ』

ゲスト
・市原 えつこ:メディアアーティスト
・江渡 浩一郎:産業技術総合研究所主任研究員/慶應義塾大学SFC 特別招聘教授/メディアアーティスト

モデレーター
・金岡 大輝:FabCafe Tokyo CTO
・栁原 一也:Loftwork, FabCafe MTRLディレクター

オーガナイザー
・田口 智博:株式会社ヒューマンルネッサンス研究所, 主任研究員
・中間 真一:株式会社ヒューマンルネッサンス研究所, 代表取締役社長

■希望のハイパー原始社会

金岡:江渡さんがプレゼンテーションの最後で触れたハイパー原始社会を、Vol.2で参加者の皆さんとディスカッションしました。議論の中ではコロナ禍で社会が変わり、中央集権型から自律分散型社会になっている、あるいは国家など自分たちを取り巻くものが外れてきている感じがするといった意見が出ましたね。

市原:確かにコロナ禍により人々の意識が変化しているようです。表層的な消費意欲が薄れてブランド品への関心が失われる一方で、これまでボランティアに関心のなかった人が地球環境を良くするために寄付するなど利他的な行動が増えています。

金岡:キーワードは「物から心、あるいは精神へ」でしょう。以前ならエスパー的な捉えられ方をしていた市原さんが扱ってこられた題材なども、最先端の科学できちんと見なおす動きがある。

市原:SINIC理論によれば、自然社会では超心理技術が使われます。その言語を介さない意思伝達は、ブレイン・マシン・インターフェイスでまもなく実現しそうです。

金岡:『ハイパー原始社会』を最初に打ち出したのは市原さんでしたね。

市原:未来社会が原始社会っぽくなるというのは、アーティストの妄想だと思っていました。ところがSINIC理論の自然社会に符合するとわかり、自信を持てるようになりました。一方でSINIC理論に関する江渡さんの認識からは、少しディストピアの香りを感じました。人間がAIに淘汰される恐怖は、西洋社会で強いようです。これに対して日本人は、機械と融合して共生するビジョンを持っている。人間が進化し何かの枠組みにもとらわれなくなるというのが、私自身の自然社会に対するイメージです。

■人工知能社会はディストピア?

江渡:市原さんがディストピア的とおっしゃったのは、フランケンシュタインの説明についてですね。その背景には、やはり東洋と西洋の受け止め方の違いがあると思います。シンギュラリティの話で人間が人工知能に超えられてしまうと考えると、とても暗い未来になる。それでも、それなりに人はまちがいなく幸せになると思っています。

市原:その心は?

江渡:人間は機械の奴隷になるのかもしれない。けれども機械や人工的な存在が人間の面倒を見てくれて、我々を快適な生活に導いてくれるでしょう。

市原:機械との共生はオムロンのビジョンとも符合しそうです。

中間:江渡さんが未来予測オタクの話でハインラインを取り上げられたじゃないですか。それで思い出した彼の作品『輪廻の蛇』が、SINIC理論の螺旋とつながると思いました。

江渡:ウロボロス・サークルですね。

中間:人間とテクノロジーが融和する社会、生態系の中にテクノロジーが入る、一種テクノアニミズムのような世界です。原始社会は生き物だけのアニミズムの世界だった。そこから工業社会まで進歩し、日本人は家電製品にも「生」を感じるようになった。それからさらにぐるっと回って原始社会の上に到達したときには、テクノアニミズムが訪れるのでないでしょうか。

市原:江渡さんから伺ったマテリアルインフォマティクスやバイオインフォマティクス、情報技術がタンパク質をプログラムする話などは、情報と自然の新たな融和イメージですね。

中間:人工知能と身体性の話でいえば、機械は欲望を持てない。そして機械が欲望を持てない限り、機械の社会は成り立たないと思います。機械の社会を成立させるために人工知能は、欲望や煩悩を取り入れる必要がある。このようなブレイクスルーの起こるのが、SINIC理論の2周めの原始社会ではないでしょうか。

市原:私はシンギュラリティ後でも、人間にしかないコンピテンスが残ると考えたい。例えば感性やアート志向、そして中間さんがおっしゃった煩悩もそうですね。

■未来は予測可能なのか

金岡:未来予測やSINIC理論を私たちは、実際の社会にどのように当てはめるべきでしょうか。江渡さんに伺いたいのですが、未来を予測するためのコツや、普段から心がけていることは何かあるのでしょうか。

江渡:例えばInstagramについて私は、日本で一番早く始めた人の一人で、最初は毎日投稿していました。なぜこんなに楽しくて、これは絶対来ると思ったのか。理由は自分でもよくわかりません。ただ、何か新しい世界観をアプリから感じ、アプリのデザイナーが考えた仕組みや仕掛けを読み解いていきました。何を狙って、このアプリを設計したんだろうと考えたのです。

市原:新サービスの細かな仕様から、その背景やデザイナーが思い描いた未来を読み解く、そんな逆プロセスは今日初めて知りました。

江渡:自分が創る側に立ってみると、意図的に決めないと前に進めません。Instagramでは正方形画像しか投稿できないというのも、何か目論見があったはずです。ただInstagramのすごさは、そうした制約を裏切るかのように進化していく。それが未だに生き残っている理由でしょう。Instagramを使っていると、風景を見るときにいつも「この写真、Instagramに載るかも」と考えながら生きるようになる。

市原:プラットフォームに合わせて思考するわけですね。

江渡:自分の身体感覚で「これは間違いなく来る」と感じ取れるかどうかが、未来につながるカギだと思います。そのためには、新しいテクノロジーやサービスを感じ尽くすのが大切だと思います。

市原:研究者でありながら、メディアアーティストでもある江渡さんならではの感覚ですね。自分で一から作ってみる経験によって、世の中にあるいろいろな製品をリバースエンジニアリングしやすくなり、作者や開発者の意図を読み解きやすくなる。

江渡:昔から美術批評や映画批評が大好きだったんです。批評の際に大切なのが、アートなり映画なりには必ず意図があると心得ておくこと。映画ではカットとカットの繋がり方には必ず意味がある。だから映画監督がなぜその配置にしたのかを読み解くのが、映画批評の前提です。こうした思考法が、サービスや商品を読み解くときにも機能しているのでしょう。

金岡:何ごともそうした意識で見る訓練をすると、未来の読み手になっていくのでしょうね。

市原:直観やふとしたひらめき、欲望を見逃さない。

江渡:直観を鍛えるには、インプットの量は絶対的に重要です。