OMRON Human Renaissance vol.3
「SINIC理論から、2020年代の社会をつかむ」(1)

「SINIC理論」から未来を読み解く
これからの科学・技術・社会は、どのように進歩・発展していくのか
私たち人間は、どのような未来を目指して、どう生き抜いていくのか

2021.3.24 (水)19:00 – 20:40

OMRON Human Renaissance vol.1では「2020年代を、私たちはどう生きるか」と題したウェビナーを開催し、その後2回に渡って実施したワークショップOMRON Human Renaissance vol.2では、参加者と問題意識を共有し、未来社会イメージの言語化にトライしてきた。そして今回のイベントでは「SINIC理論」そのものの深堀りに加えて、未来予測理論による社会変化の捉え方、未来創造のあり方を探るプレゼンテーションとディスカッションが行われた。

第1部:プレゼンテーション
「SINIC理論はいかにすごかったか」
presented by 江渡 浩一郎:産業技術総合研究所主任研究員/慶應義塾大学SFC 特別招聘教授/メディアアーティスト

■未来予測オタク、SINIC理論と出会う

 子どもの頃からSF小説にはまり、未来予測が大好きでした。数あるSF小説の中でも外せない1冊が、1984年に出版された『ニューロマンサー』、ウィリアム・ギブスンの作品です。
 この小説はサイバーパンクと呼ばれています。サイバネティックスのサイバーと音楽のパンクを組み合わせた言葉です。サイバネティックスとは、1948年にノーバート・ウィーナーが発表した理論であり、SINIC理論のベースでもあります。この段階でSINIC理論との縁を感じます。
 『ニューロマンサー』が書かれた時代には、まだインターネットなど無かったにもかかわらず、この小説では都市間でやり取りされる膨大なデータ通信量が描かれていました。これに触発され、メディアアーティストとして私は1996年に作品『WebHopper』を発表しています。世界中がWorld Wide Webを使って通信で結ばれる情景を可視化した作品です。当時はまだインターネットの黎明期でした。

 ギブスンが予測したネット時代を素直に信じて、1991年からインターネットを使い始めました。ドメイン名「eto.com」を取得してホームページを作成し、Twitterができたときも「@eto」を取得しています。ほかの人たちよりも、いつも少し早くいろいろなことに取り組んできた未来予測オタクです。
 ただし未来予測とは、基本的に外れるものです。自分の専門領域に関しては、かなり高い精度で予測可能です。けれども未来とは、自分の専門領域を含めて数多くの領域が絡まりあって形成されます。特定領域の飛躍的な向上が他の領域に影響を与え、結果的にまったく予測されなかった現象を引き起こすのです。そんな中でSINIC理論と出会い、驚きました。

■SINIC理論、その先には何が

 SINIC理論を教わったのは、オムロンの誇るイノベーターから。今は最適化社会であり、次に自律社会が来て自然社会へ発展すると聞きました。ほぼ10年ぐらいの単位での未来予測、その精度の高さに驚き、さらに精緻な理論的背景に基づくことにすごみを感じました。
 技術と社会と科学が相互に絡み合いながら、円環的に発展する。このような精度の高い理論を、立石一真氏はなぜ構築できたのか。それがずっと気になっていました。
 同時にもう一つ、頭から離れなくなったのが、最適化社会がまもなく終わり、続く自律社会も10年ぐらいで終わってしまう未来図です。SINIC理論がS字構造であることは理解していたものの、理論の原文をよく読むと、これがスパイラル状の三次元構造だとわかりました。自律社会に続く自然社会は、スタート地点の原始社会の上に位置する。これは一体どういう意味なのか。AIの進展により社会が発展すると、原始社会に戻るとは何をいっているのか。ずっと悩んでいたのです。

■自然社会とシンギュラリティの符合

 しばらく考えた末に、自分なりの結論が出てきました。キーワードはシンギュラリティです。シンギュラリティとは、レイ・カーツワイルが提唱した理論であり、2045年に人工知能すなわち人間の次の存在が、人間の知能を超えてしまう瞬間を意味します。
 これこそがSINIC理論にいう自然社会ではないか。SINIC理論によれば、自然社会は2033年からですが、未来予測で10年ぐらいの違いは誤差の範囲です。
 では2045年に何が起こるのか。人間が理解できない高い知能を備えた人工知能が誕生する、とはいえそれはまだ完成形ではない。その先では人工知能同士が絡み合いながら、人工知能の社会を形成するのではないか。これが新しい自然社会、それをある種の狩猟社会だと考えるのなら、人工知能の狩猟社会ではないのか。これがSINIC理論のスパイラルの続きだと思いついたのです。
 人工知能が形成する社会では、何が起こるのか。人工知能が家族を求めるというのが、私の予想です。元ネタはメアリー・シェリーの小説『フランケンシュタイン』、小説ではフランケンシュタイン博士が生み出した怪物が、最後に生みの親である博士を殺そうとします。その理由は、怪物も家族を持ちたいと望んだにもかかわらず、その願いを叶えられなかったからです。
 人間が創造した怪物、人工知能も家族を求めるようになる。そんな未来を我々は考えておく必要があります。

■自然社会、もしくはハイパー原始社会とは

 さらに人工知能が発展した後の社会について考え続けているとき、市原えつこさんがおっしゃった「ハイパー原始社会」と出会いました。そこで、これは一体どのような社会なのか。
 自然社会でいう自然とは、人間が登場する前の世界です。その後、人間が人工の建築物を創造するようになり、それが高度に発展すると自然と見分けがつかなくなり、自然の一部になるのではないか。
 そんな気づきを与えてくれたのが、瀬戸内海のにある豊島美術館です。この美術館は建物そのものが作品であり、展示物は一切ありません。建物を含む自然が作品になっている。これこそがもしかするとハイパー原始社会のモデルではないか。そんな事を考えています。